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愛と喜びと感謝と幸せ   ここはコニーヅ劇場


by devik
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どこまで自分?

他人を気にするあまり、
「自分は自分だから、
自分の本心を大切にする」っていうようなことを
最近、仕事の関係でもプライヴェートでも、よく聞く。

じゃあ「自分って?」ということを
問いかける人、多いとはいえない。

ぼくはよく考える。
「どこまで自分なのか?」
そのぼくなりの答は敢えて書かないけど!

正直、よく考えてみると
「わからない!」で止めてしまう質問だよね。

しっかり見つめていると、
「自分」の中でも矛盾をかかえることがある。
これを「迷い」と言い換えることも可能。

そう、
「自分の中の他者性」って
「自分」を主張するときにどうおさまるのだろうか?
陰で隠れて見ているのだろうか?
それとも、抹殺されてしまうのだろうか?

自分が思う自分
もしくは
自分が思う他人
なんて
果たしてどこまで
そんなによりかかれるものなのだろうか?


だけど、そのやわらかい「自分」ってやつで生きていくんだよね。


一見、「自分」って形があるように見えて、
なかなかつかめない。
そうやって、
滲みながらも創ってゆく感じだね。

どこまで自分?_f0233661_10415915.jpg


「自分の本心を大事にする」ことは
とても当然のことだけど、
まだ未成熟な自分が使う時の「自分」って
単なるわがままのような気がしてならない。

そして、「本心」とも向き合おうとしていない。


ある意味、他者や万物の中にも
大いに自分が、(むしろ「自分」をかたちどるほとんどが)ある。
というか、実際、分けられているようで
「分けられていない」。

自分を大切にするということは
必ずしも、
自分と他人を引き離すことでもない。

想いやりもなく、
相手に対する尊厳も
見えない状態の自分って
まさに、迷いの中にいるようなもんだなって、
つくづく過去の自分を振り返って想うのだよ。

でも、もちろんこれも成長の過程だし
必要なひとには必要なんだよな。

けど、意外と
小さい子供の方がむしろ
迷いがなかったり!
想いやりもあったり!

大人になると何かを手にして
何かを失ったかのように思えるパターンもあるし。

まあ、大いに迷え(笑)

ただ、想いやることから
観えてくる自分が
確実にあるとおもうのだが、
どうだろう?


さて、
もういちど問い直す。

どこまで自分?










by 係長 サン
by devik | 2014-11-01 10:36 | 天使