青い実
2010年 05月 22日
アパートに植えてある
梅の木に青い実がなっています。
もうそろそろ梅雨かな。
ところで、今日は国際生物多様性の日らしい。
FM局J-Waveを聞いていたら
生物多様性についてお話をしていました。
読売新聞の朝刊18・19面もCOP10名古屋会議にさかれています。
生物多様性(biodiversity)。
このフレーズは素晴らしいとおもう。
素直に。
生物多様性ということばは
エコというかるみがない。
エコというかるみもすきだけど(笑)
なんだかズシンとする。
実は、
ぼくエコロジーの略のエコという響きも
生物多様性というあまりにも翻訳的な響きも
前まで、バックグラウンドに政治や産業広告として見えてしまい
それを使う意識とその言葉の乖離もみてきたので
あまり使いたくなかったけれど、
それも全部ひっくるめて
目に見えないつながりを意識するのに、
ひとつの窓としてとても素晴らしいとことと
最近では思う。
自分のこだわりや想いを見直して
そんな響きを心を込めてよく使っている。
人が関わることで、
この生物多様性が壊れてきた。
前にも書いたかもしれないけれども
学生の時、人間がいなくなれば
地球はもっとよくなると思っていた。
けれども、これは大きな間違いで、
人間もこの多様性のなかの一部で、
この多様性の中にいて調和をとって
生きていく創造性ももっている。
外来種の作物を自分の生活する土地に持ち込むことも
この多様性を壊す原因になる。
しかし、一方でその恩恵ははかりしれない。
例えば、じゃがいもやトマトなどの伝播。
それは食糧問題や、料理の発展にもつながっている。
人の喜びにつながる行為という側面もある。
人間のエゴと片づけてしまう事もできるけど、
人が人のことを想いしてきた結果。
いろいろ人も学んだ。
人が人を想うように
多様な生命体を想い
より調和たほうへ創造している
今を重ねている。
生物多様性というカラフルでヴィヴィッドな
鼓動をかんじえる未来が
確実に見え始めているのだなと
思う日々です。
危機は危機としてあるのかもしれないけど
危機回避をしようとする意識は
危機を迎えてしまう気がします。
より調和のとれたほうへ
嬉々として、
直観で智慧をうけとり、
見えないつながりを
見えるようにしていこう。
by 係長 サン
梅の木に青い実がなっています。
もうそろそろ梅雨かな。
ところで、今日は国際生物多様性の日らしい。
FM局J-Waveを聞いていたら
生物多様性についてお話をしていました。
読売新聞の朝刊18・19面もCOP10名古屋会議にさかれています。
生物多様性(biodiversity)。
このフレーズは素晴らしいとおもう。
素直に。
生物多様性ということばは
エコというかるみがない。
エコというかるみもすきだけど(笑)
なんだかズシンとする。
実は、
ぼくエコロジーの略のエコという響きも
生物多様性というあまりにも翻訳的な響きも
前まで、バックグラウンドに政治や産業広告として見えてしまい
それを使う意識とその言葉の乖離もみてきたので
あまり使いたくなかったけれど、
それも全部ひっくるめて
目に見えないつながりを意識するのに、
ひとつの窓としてとても素晴らしいとことと
最近では思う。
自分のこだわりや想いを見直して
そんな響きを心を込めてよく使っている。
人が関わることで、
この生物多様性が壊れてきた。
前にも書いたかもしれないけれども
学生の時、人間がいなくなれば
地球はもっとよくなると思っていた。
けれども、これは大きな間違いで、
人間もこの多様性のなかの一部で、
この多様性の中にいて調和をとって
生きていく創造性ももっている。
外来種の作物を自分の生活する土地に持ち込むことも
この多様性を壊す原因になる。
しかし、一方でその恩恵ははかりしれない。
例えば、じゃがいもやトマトなどの伝播。
それは食糧問題や、料理の発展にもつながっている。
人の喜びにつながる行為という側面もある。
人間のエゴと片づけてしまう事もできるけど、
人が人のことを想いしてきた結果。
いろいろ人も学んだ。
人が人を想うように
多様な生命体を想い
より調和たほうへ創造している
今を重ねている。
生物多様性というカラフルでヴィヴィッドな
鼓動をかんじえる未来が
確実に見え始めているのだなと
思う日々です。
危機は危機としてあるのかもしれないけど
危機回避をしようとする意識は
危機を迎えてしまう気がします。
より調和のとれたほうへ
嬉々として、
直観で智慧をうけとり、
見えないつながりを
見えるようにしていこう。
by 係長 サン
by devik
| 2010-05-22 12:32
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