愛と喜びと感謝と幸せ   ここはコニーヅ劇場


by devik
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2013年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

ものとともに生きること

断捨離って
はじまりであって
手放して整えた後の意識が
大事な気がするね。
そう最近思うことがある。

きっと誰かがいっているかもしれないけど。
提唱した方はきっとその先までいっているのだろうね。
ブームとはちがって。

何を手放すかっていうと
今までの考え方や古い体質。
こころがあたたかくならないから
手放すというのはエゴ。
ただ、次にステップアップする示唆であるなら
それはそれで充分。「調和のとれた空間」は
手放すことでもとにもどっただけなんですよね。
次の創造する空間はいかに?

f0233661_0284140.jpg


根本のエゴイスティックな選別やもの作りを
手放さないと
また即座に安易に捨てるハメになる。

つくりだし、選択する意識を変えない以上
断捨離自体が永久につづく修行にもなりえる。
食べては吐く感じ。
本当の意味での断捨離はちがうのだろうね。
やはりその先があるのだ。
その先というより
そうある今があり続け流れていること。

執着を捨てるということは
実は物理的にものから離れることではない気がする。
逆にものとのコミニュケーションを深め
柔軟になることなのかもしれないね。

ある意味、真に融合する力がとわれるのかもしれない。依存でなく。


全体的に新陳代謝後に手放したものが
浄化され循環される世界が
未来のヴィジオンとして見えている。
ものに関して言えばとても長生きをする。
ある「もの」はほんとうに光のボディになってしまうだろう。
ものも光。
ほんものとともに育み
生きる世界。

ものの命も観じて
コミニュケーションして
大事にしようね。


by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-28 08:00 | つながり | Comments(0)

いただきます

最近、社長(4歳)に食事の大切さと意味を
わからないと想わずにしつこく教えています。

食事の席で、社長が遊んだりしている時に
「食べるということは命を頂くことで、
感謝してしまうことなんだよ。
有り難うの気持ちだよ、動物さんにも野菜さんにも
ありがとうなんだよ。」と納得してもらおうと
お話しをして、叱ってたべさせないことも。

当の社長は意外とわかってくれているようで
しばらくして、謝ってきたので、
ぼくが叱った理由は何かを訊くと
「命のことだから」と返ってきた。

自分は大人になってから当たり前のことを
当たり前に感じることが出来たので
できれば、社長にも
早く気づいて感じてもらえればいいなぁと
想う今日この頃。

* * *

最少限の肉食をゆるして動物に食われることをゆるす派(!?)っていう記事を以前に書いたのですが、
最近はこの時よりもさらにリラックスして「命を与えていただいている」ことを感じる。



f0233661_1763444.jpg



数日前、友達の記事で、
昔、アイヌの民は動物を狩る時に
その動物に命を頂いてもいいかと意識を合わせ
許可をもらってから狩りをしていたという話を読んだ。

時に、動物から「いいよ」とサインをくれることも。
それを知っているアイヌの人たちは
狩りをした動物たちに丁重に祈りをささげて、
頂いた後はお墓をつくっていたとのこと。

この話を読んで、知っていることかのように
そうなんだよな~とやけに納得してしまった。

命をいただくということは
野菜でも魚でも肉でも
ゆるしをいただくことでもあるんだよな。

だから、「いただきます」ってとても大事。
こどもも大人も関係なく。

ずっと伝えていかなければならないこと。




by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-27 00:36 | つながり | Comments(0)

スミレかな

スミレとかって
なんで縁石の根元に
咲くんだろうっておもうのですが、
このポジションが
とても花たちを際立たせるんですよね。

f0233661_15592892.jpg


自分の持ち場をこころえて
充分に輝いています。

しっかり根づくというのは
土地に根ざすというだけでなく
ここに存在する命を発揮する事なんだぁなと
観じます。

輝いている命をどれだけ
胸をひらいて顕すことができるか。

存在は存在そのもので
充分輝いている。
ひとがそれを無限大に現わすには
この基本の輝きをひらききること、
自然となって創造することなんだなぁと
最近、感じています。



by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-26 15:59 | 植物 | Comments(0)
先日、コニーヅ一行で
富士さんの近くにいったときのこと、
途中のパーキングエリアで
これ生姜?ウコン?かと
想うような野菜に出会いました。

その名はキクイモ。

私はお初だったのですが、
結構、世間様ではなじみ深い野菜だそう。
エルサレム・アーティチョークとも呼ばれている
ヒマワリ属の植物。
みた目、花はひまわりで
根の味ははアーティチョークのようだとも。

f0233661_13361657.jpg


調理レシピは本店(実家)では
生でも水にさらしてあく抜きして
サラダにしたり、なますにしたりして食べたとのこと。

他に、天ぷらやきんぴらなどにしても
しゃきしゃきした歯ごたえを感じることができるそう。

イモと名がつきますがでんぷん質がほぼないので
ゆでて、食べてみると
ほくほくというより、
ほっくりしゃきしゃき。

やはりきんぴらがいいかなぁと、
想いました。
ガーリックオイルで炒めたりね。

このキクイモ調べてみると解るのですが、
健康食ブームにのり様々な取り上げ方をされております。
この時期、
救世主的な扱いになるような野菜とも言われているよう。

私はあまり特別感がないまま
他の野菜や食材と同じように
感謝して頂きました。

ただね、まだ出会ったことのない方は
直感でピーンときたら、
このキクイモに出会ってみてはいかがかな。
これからますます普及する野菜かもしれません。


* ちなみにこの植物の自然繁殖は古来よりの植物を駆逐し
  日本の生態系を脅かすおそれがあると言われておりますが。
  日本の花々ってこんなのばっかりだけどね。



by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-22 13:36 | たべもの | Comments(0)

はるる

明日は春分ですね。
ますます春に突入します。

姫睡蓮の鉢からも
小さな葉が出てきました。
f0233661_15522433.jpg


花韮も一斉に花を咲かせています。

春の花々を朝がたみますと
その花より20センチ上を
こころをゆるして観ていると
妖精が挨拶するかもしれませんよw

f0233661_15521573.jpg


多摩川べりまで行きますと
桜も開花しはじめました。

f0233661_1554574.jpg


桜って咲き始める瞬間にとてもいい匂いがするんですよ。
薔薇も開ききるよりも前にいい香りがしますからね。
そういえば、
桜もバラ科ですね。

あきらかにこの数日、地球へ届く
陽の光はエネルギーに満ちています。
花の開花はきっとその返礼ですね。

さて、ぼくらはどうでしょうか?
ぼくらの多くも春に花が咲いているのご存知!?
ほら、頭の上をみてごらんなさいよ(笑)

ふふふ
全員満開といきましょう!


by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-19 15:50 | つながり | Comments(0)

まんぷく

今日は太陽神経叢まわりがぽかぽかしています。
太陽の光が地球上のさまざまな粒子を
チューニングしているかのように
穏やかな一日を過ごしています。

f0233661_16452398.jpg


福生の土手にある
ソメイヨシノのつぼみも一氣におもみをまし
来週中には開花するでしょう。

f0233661_16463166.jpg


あらゆることには
そうなる理があるんだなぁと最近想います。
ただ、そこに自分が含まれていないかというと
大間違いで、ちゃーんと含まれている。

見ている結果が多面的に異なって見えるのか、
それを口にすると
さざ波が立つ。

「カエサルがガリアに行こうと決めたわけではなく
それぞれがガリアに自らを向かわせた。」
という訳もわからないフレーズが
頭を通過しました。
ナポレオンがエジプトにいったのも
ナポレオンの意志のみで動きはしない
のだなって、
ぼんやり想いもして、
常に今日は満腹なのでした。


by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-16 17:00 | つながり | Comments(0)

amicus

最近、部長が洗濯板で
よごれのひどい洗濯物を洗っています。

そこで、社長が外で遊んでいる姿を想像したり
洗濯板を通して、
ものや空間とコミニュケーションをしているようです。

f0233661_213176.jpg


ぼくらが手間と考えるのは
ものとぼくらの関係性で
それは宇宙とぼくらの関係性でもあるとおもうのです。

便利な世の中になっても、
洗濯板も洗濯機も
じつはこの活きた関係性はかわらない気がします。が、
あらゆるものとのぼくらのコミにニュケーション
&チューニング能力は
少し衰えているのかもしれません。

それはぼくらの姿勢、生き方に関係する事のなのかもしれません。

先日、土鍋で玄米を炊くことをこの場で書きましたが、
お米を炊くとき、
お米がとてもうまく活きた炊き方になるように
お米、水、土鍋、火と瞬時にコミニュケーションを
とっているきがします。

ぼくらはあらゆるものに生命を観じ
その出会いに感謝し
一瞬一瞬をいきているんだなぁ
と想います。

by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-14 21:10 | つながり | Comments(0)

やっぱり玄米

まえまえから土鍋で玄米を炊こうと
おもっていたところに
そんなきっかけを与えて頂き
土鍋で玄米をたいております。

f0233661_12242589.jpg


釜で炊いていた経験があるので
難しくないことはわかっていたけど、
一度便利なものを手にすると
なかなかふみだせないもの。

ただ、やってみると
想いだす事や、
気がつく事が多いい。
お味はもっちり時間が経っても美味しいです。

なんで今まで土鍋で炊かなかったのかなと
思ってしまう。
今まで食べていた玄米も美味しいと思っていたけど
「思い込んでいた」だけかもしれない(笑)

直感でふりそそいだ光を
先延ばしにするのは
もったいないね。

タイミングを理由にして
やらないことはよくあるけど、
全体を俯瞰して
今出来るなら今でしょって
CMじゃないけど
思ったのでした。


by 係長
[PR]
by devik | 2013-03-10 12:23 | たべもの | Comments(0)

こきゅう

今年は福生の河津桜の咲き方が
遅い気がします。けれども、
この数日でほんと春らしくなって
つぼみも開きはじめました。

f0233661_17263328.jpg


さて、普段から、息を吸って吐いていることを意識していると
穏やかに過ごせる気がします。

この数日、朝目覚めると以前よくやっていた
呼吸法をしています。
腹式鼻呼吸で、
どちらかというと息を吐く時に意識をします。
息を吐く度に速いテンポでお腹をへこます感じ。
「火の呼吸」と言われているみたいですね。

突然、直感でしだしたのですが、
どうやら免疫力と関係があるようです。

今年は、花粉の飛散量が多いようで、
ぼくの目と鼻でもそれを感じます。
ぼくの花粉症はこの数年ほぼ改善されており
ぼくはこの時期、マスクはしませんが、
今年はかなりなもののようです。
ですが、マスクはきっとしないでしょう。
だいぶ以前のぼくは鼻呼吸できないぐらいでしたが、
花粉の影響があるといっても
鼻呼吸は自然に出来ます。
これが以前と大きな違いですね。

先日、ニュースで、
花粉を飛ばさない杉が開発されたと聞きましたが、
とてもトンチンカンな発想だと想います。
ある見方では、「ニーズ」や「優しさ」なのかもしれませんが、
これには刹那的な利権がからんでいる気もします。
人間の傲慢とも思える対処療法ですですね。
対処療法はお金が儲かりますからね(笑)
(おっと、がらにもなく毒づいたかな?)

おかしくなったのはぼくらの生き方であって
杉のせいではありません。
意識を変えて生き方を変えると
この自然の猛威も「猛威」なんかではなく
ぼくらがつくりだした事に対するメッセージだったりします。
人工物に関する被害も、ぼくらに気づきを与える
ぼくらの「過ち」なのかもしれません。
過ちはいくらでもあらためることができます。

f0233661_1727320.jpg


さて、ご近所でサンシュユの花がだいぶ前から
咲いていて、
立ち止まるように声をかけてきます。

ちなみに、
サンシュユの花言葉は「持続」。

f0233661_1728493.jpg


今日はほんとかすみまくりの
西空。

ぼくらひとりひとりがつくりだした
夕空のような気もします。


by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-07 17:28 | つながり | Comments(0)
目に見えない世界が
ないと想うよりもあると想う方が
ひろいベッドに横たわるように
心地よい気がします。
しかもそのベッドは宇宙大。

ここに
存在しているということは
すごいこと。

f0233661_21184114.jpg


今時分、桜がつぼみの中で
気を吸収し融合しているの観じるのが好きだ。
修行者のようにじっと観じるのではないよ。
ただ想いを寄せるだけ。

波が押してはかえすがごとく
想いは受け入れられ融合され
還ってくる。

f0233661_21195941.jpg


目に見えない世界は
実は別な目で見ていて
見ていることさえ気づいていない
多くのぼくらがいるんじゃないかと
想う事がある。

f0233661_21205180.jpg



ぼくらは空気に寄りかかり
いずれ倒れる事を知らない、

そんなこともあるだろう。

けれども、
ぼくらは空気に寄りかかり
ぼくら自身が空気であることを
覚える

そんな瞬間が訪れている、

かもしれないね。



by 係長 サン
[PR]
by devik | 2013-03-05 21:46 | 天使 | Comments(0)